写真家のイメージと商品の魅力を具現化する、優れた描写性能。
中判・大判カメラで撮影されることの多かった、時計や貴金属類の広告写真。しかしD3・D3Xの登場とPCレンズのリニューアルにより、これまでの35mmデジタルカメラでは写し得ない、さらに本格的な商品撮影が可能となりました。
今回のインタビューでは、長年さまざまな企業のコマーシャル写真を撮り続けているフォトグラファー・雨堤康之氏のスタジオを訪問。実際の撮影を拝見しながら、それぞれ焦点距離の異なる3本のPC-Eレンズについて、使い方から使用感までレクチャーをしていただきました。
仕事の円滑化のために、デジタルへの移行は必要。
雨堤さんの作品を拝見すると、時計・ジュエリーといった緻密にデザインされた被写体のお仕事が多いですね。
写真学校を卒業後、お世話になった写真家の佐藤弘さんが、時計や宝飾品の撮影において日本でも有数の写真家だったのです。その影響もあるのでしょう。普段は食品でも人物でもさまざまな被写体を撮影しますが、やはり時計や宝石といった仕事は比較的多いですね。ちなみにニコンにも、D2Xのカタログでお世話になりました。
比較的多くお仕事されているクライアントさんは、どんな企業がありますか?
例えば時計のメーカーさんは、長くおつき合いいただいている企業の一つです。色々なシリーズの広告写真などを撮影してきました。
こちらはメーカーさんを代表するシリーズですよね。機能性はもちろん、デザインにおいてもかなりのこだわりを持って作られている事と思います。その美しさや高級感を出すために、細部の描写やゆがみなどには細心の注意を払われているのではないですか?やはり4×5のフィルムでの撮影が多いのでは?
時計メーカーさんのお仕事に限らず、高価なジュエリーなどについても、確かに長い間4×5のフィルムで撮影していました。ですが2年ほど前からは、かなりデジタルに移行しています。もちろん媒体の大きさも有りますから全てが35mmと言う訳では有りませんが、現在の仕事でフィルムの占める割合は1割も有りません。
そんな比率になっているのですか。
人によって当然この比率は異なるでしょうけれど…。そもそも、今や印刷の工程自体がデジタルで進行していますから。スムーズに作業を進めるため、多くの場合、写真はデジタルで欲しいと言われます。
また、クライアントさんやデザイナーさんにリアルタイムで見てもらいながら作業を進められると言うのもデジタルの大きなメリットです。フィルムでの撮影は、実際の撮影以外の部分でも手間や制約が多いですよね。デジタルに切り替えてから撮影も早く進行し、ストレスも軽減しました。
それにフィルムは、現像が終わるまでやはり心配なのです。撮影自体はうまく行っても、どの工程でなにが起こるかわからない。現像中に地震がきて、現像作業が止まってしまった事も実際に有ったのです。モデルを撮影した写真だったのですが、後日あらためて撮り直しました。
でもフィルムにはデジタルに無い「味」などもあるのでは?
もちろんフィルムの味など、写真そのものの質において、現在の35mmデジタル一眼では及ばない点は有ります。そこにこだわって仕事をしている写真家の方も多い事でしょう。ただし「一般的な広告で使用する写真」であれば、効率よく仕事が出来ると言う点から、たいてい私はデジタルカメラを使います。
それに「フィルムの味」と言っても、必ずしも一定のものでは有りませんし…。好みの味を見つけたとしても、例えばそのフィルム自体が製造中止になれば、その味を再現する事は困難ですよね。さらにいえば、今の広告写真の世界は「修正・合成ありき」。昔のように一発で決めると言う事は、まず有りません。ですから写真に対するこだわりは非常に大切ですが、仕事である以上、こだわるべき優先順位についてはいつも意識しています。
クライアントからフィルムで欲しいと言われる事は有りませんか?
時々有りますよ。ポジならば「見たまま印刷して欲しい」と頼めるじゃありませんか。全てのクライアントがデジタルのカラーマッチングに精通している訳では無いので。でも今は、印刷会社の人も機械もデジタルでの仕事が多くなっているので、以前のように必ずしも印刷物にフィルムの良さを反映出来るとは限ら無いようですよ。
35mmで、本格的な商品撮影を行うためのレンズ。
ところで、これまで4×5のフィルムで撮影されてきた所を35mmのデジタルに切り替えられると言う事は、カメラやレンズの性能が中判・大判カメラにも迫ってきていると言う事でしょうか?
そうですね。ここ数年のカメラやレンズの性能は、かなり良いレベルまできているのではないかと私は思います。それにスケジュールや撮影環境などが厳しい状況で、どうしても自分がイメージする写真にするのは難しいといった状況でも、後処理の事も頭に入れながら作業が出来ると言うのも良いですね。
とはいえ、デジタルにはまだまだ不満も有りますが…。
不満とは、どのような点でしょう?
例えば商品撮影の時などに感じる一番の不満は、絞りの問題ですね。4×5のフィルムカメラだとF32~32.5くらいまで絞れるのですが、今のデジタルカメラではF11~16くらいまでが有効範囲。特にシャープな描画を求める場合、絞りをF11くらいにしないと甘くなる傾向が有ります。
ただし今回撮影に使用するPC-Eレンズがあれば、そういったデジタルカメラの弱点をカバーする事もできます。ジュエリーなど細かい物を撮影する時でも、アオリ機能によってレンズの面を商品の角度に合わせられる。つまりデジタルカメラでも、きっちりピントをコントロール出来る訳です。
今PC-Eレンズの話が出ましたが、あらためてどういったレンズか簡単にご説明いただけますか?
PCとは「Perspective Control」の略。商品撮影や建築物を撮影する時に問題となる像のゆがみを補正したり強調したりする事の出来る、いわゆる「アオリ撮影」が可能なレンズの事です。
このレンズには、「シフト機能」と「ティルト機能」が搭載されています。建築物などを下から撮影する時に生じる遠近感を、「レンズ全体を」建物と平行に「カメラに対して」スライドさせる事で補正してくれるのがシフト機能。商品撮影を行う時に、商品の傾きに合わせて「レンズ全体の」「カメラに対する」角度を変える事で、ピントの合う範囲をコントロール出来るのがティルト機能です。
前回の三浦さんのインタビューでもPCレンズに触れているので、読者の方はそちらも参考にされるとわかりやすいと思います。
先ほども話に出ましたが、本来美しくデザインされた商品であるほど、クライアントさんは商品のデザインの良さを出来るだけ忠実に顧客に伝えたいと思うでしょう。それを実現するには「台形ゆがみ」や「ピントの合う範囲」を厳密にコントロール出来なければなりません。PC-Eレンズは35mmカメラを使って広告写真を撮影する者には、用意して置きたいレンズですよね。
今回は、最近ニコンから出た24mm・45mm・85mmの3本のレンズをご用意いただいていますね。
これまでニコンではフィルム用のPCレンズは有ったのですが、デジタルカメラに対応したPC-Eレンズは有りませんでした。D3やD3Xなど完成度の高いカメラの開発に合わせ、中判・大判カメラに対抗出来るような画像を提供するためのレンズとして発売されたようです。
特に45mmと85mmはマクロ撮影が可能です。レンズの中で「近接撮影」を一番シャープに撮れるのはマイクロレンズ。これにより商品撮影の幅は非常に広がるのではないでしょうか。私の認識では、以前は28mmや35mmといったPCレンズが有ったものの、どちらかと言うと建築物向きで、必ずしも商品撮影に最適なレンズとは言えなかったと思います。その後85mmでは1/2倍までですがマクロ撮影に対応となりました。ニコンユーザーで商品撮影をされている方にとっては、念願のレンズではないでしょうか。
今日はこれら3本のレンズを使い、実際に撮影に使用している所をご覧いただきたいと思います。