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第四十八夜 Nikkor-Q Auto 200mm F4

一眼レフの申し子
Nikkor-Q Auto 200mm F4

今夜は、F用で最初の本格的望遠レンズNikkor-Q Auto 200mm F4をとりあげてみよう。

大下孝一

1、一眼レフの申し子

望遠レンズは一眼レフの申し子である。1950年代まで35mm判カメラの主流であったレンジファインダーカメラの弱点は、何といっても望遠撮影であった。撮影レンズとファインダーが別であるため、近距離でパララックス(ファインダーの視野と撮影範囲がずれる現象)が避けられない。そして、標準域までは十分な精度をもつレンジファインダーも、焦点距離が伸びるにつれてピント合わせの精度が保てなくなってしまう。レンジファインダーでは100mmから135mmの焦点距離が、そうした精度を保てるぎりぎりの焦点距離であった。

一眼レフカメラは、こうしたレンジファインダーカメラの弱点を解消するものであったが、初期の一眼レフカメラには、それはそれで大きな弱点を抱えていた。それは撮影時暗転する左右逆像のウエストレベルファインダーや、絞りの手動操作であった。初期の一眼レフは、二眼レフと同様に、撮影レンズの光路を上に折り曲げるメインミラーの上に、スクリーンを配置しただけのウエストレベルファインダーだったため、正立整像のアイレベルファインダーをもつレンジファインダーに比べ、動き物の撮影ではある程度の慣れが必要であった。その上メインミラーは撮影と同時に上がりっぱなしになり、巻き上げ/シャッターチャージを行うまで復元しない。加えて絞りの手動操作である。レンジファインダーでは撮影レンズとファインダーが別のため、撮影レンズの絞りを特に意識することはないが、一眼レフでは撮影レンズがファインダーを兼ねているため、絞りの操作でファインダーが暗くなるという欠点がある。いや、暗くなるだけではなく、絞ることでピント合わせが難しくなってしまうのだ。そのため撮影者は、絞りを開放にしてピントを合わせを行い、その後手動で絞りを操作し撮影を行わなければならなかった。要するに、初期の一眼レフにはレンジファインダーのような即写性がなかったのである。

その後一眼レフは、ペンタダハプリズムの組み込みで、ファインダーはウエストレベルからアイレベルとなり、クイックリターンミラー機構の搭載でシャッターレリーズ後のブラックアウトは短時間に抑えられ、シャッターレリーズと連動した自動絞りによって、絞りを手動操作する煩わしさから開放された。こうして、いま私たちが普通に手にしている、操作が簡単で即写性に優れた一眼レフが完成したのだ。1959年に発売されたニコンFは、これら全ての機能がとりこまれた一眼レフとして開発された。それは、ニコンSと同等の操作性で135mmを超える望遠撮影を可能にするためでもあった。Nikkor-Q Auto 200mm F4は「まさにこのレンズのためにニコンFを作った」といっても過言ではないレンズといえるだろう。

2、Nikkor-Q Auto 200mm F4

Nikkor-Q Auto 200mm F4 断面図

1961年、ニコンF用として10本目のレンズとして発売されたこのレンズは、200mm望遠レンズで初めて完全自動絞り機構を搭載した、本格的望遠レンズである。

このレンズを含めAIニッコールより前のF用レンズのことをニッコール・オートと称しているが、当時を知らない世代の読者の中には、ニッコール「オート」って何のオートだろう?と疑問をもっていた人もいることだろう。そう、完全自動絞りのオートなのである。シャッターレリーズ前には開放状態で、レリーズした瞬間に絞り込まれ、撮影終了後に開放状態に自動的に復帰するレンズのことをニッコール・オートと称していたのである。ちなみにこの当時はニコンF専用レンズだけでなく、ニコンSとF兼用レンズが存在していて、これらのレンズには自動絞り機構は搭載されていない。

設計されたのは一色真幸さん。脇本さんの1年後輩で、急速に発展した電子計算機をレンズ設計にいち早くとりいれ、計算機によるレンズ設計システムを確立した生みの親といえる方である。1960年7月に基本設計を完了し、試作での性能確認を経て1961年7月に発売された。レンズの構成は、図1のような4群4枚構成のシンプルな構成である。前群が凸凹の2枚構成、後群が凸凹の2枚構成からなるテレフォトタイプの望遠レンズである。後群が全体として凹レンズとなっていることで、光学全長(第1レンズ頂点から焦点面までの長さ)が焦点距離よりほんの少し短くなっている。

テレフォトタイプは、糸巻き型歪曲が発生することと、後群がテレコンバータの役割をするため、軸上色収差が悪くなりやすいという欠点があるが、このレンズでは、全長短縮を欲張っていないことと第3凸レンズの効果で、いずれも良好に補正されている。何より4群4枚のシンプルな構成が魅力的なレンズである。

Nikkor-Qとは?

折角の機会なので、ついでに昔のレンズについているNikkor-Q、やNikkor-Pの意味についても簡単に説明しておこう。このQやPは、察しのよい方はおわかりかと思うがレンズの枚数を表している。

具体例をあげると、T=3枚構成、Q=4枚構成、P=5枚構成、H=6枚構成、S=7枚構成、O=8枚構成、N=9枚構成、といった具合である。

その後、この呼称がなくなってしまったのは、レンズ枚数が非常に多いレンズが出てきたせいもあるだろう。11枚構成のNikkor-UD Auto 20mm F3.5まではUDと冠していたが、例えば24枚構成のAF-S 200-400mmがその当時あったなら、いったいどういう名前になったのだろう?今ではすたれてしまった呼称であるが、例えばNikkor-S Auto 5cm F2(初期型)とNikkor-H Auto 50mm F2(改良型)など、レンズタイプを変更した場合の区別に役立つだろう。

3、設計改良

こうして発売されたNikkor-Q Auto 200mm F4は、発売から数年後マイナーチェンジをされることになった。それはこの頃普及をはじめたカラーフィルムへの対応のためである。初期の200mmは、図らずも青の透過率の高いガラスばかりを使っていたため、他レンズと比較すると色調が青く、ユーザーから指摘を受けていたことによる。色調の改善にはガラスの材料変更が必須であったため、これを機会にレンズの基本タイプを変えない範囲で設計改良が行われることになった。設計は一色さんから清水義之さんにバトンタッチされ、球面収差の改善によってシャープネスの向上が図られ、性能面で一層ブラッシュアップされた。また機構的にも至近距離を3mから2mに短縮したほか、絞りを6枚羽根から7枚羽根に変更し、同時に最小絞りをF22からF32にするなど機能面の向上が図られている。

初期型と改良型の見分け方は、至近距離、最小絞りと銘板である。焦点距離等を刻印した銘板が初期型はシルバーなのに対して、改良型は黒の塗装仕上げとなっている。

4、レンズの描写

作例1

Nikkor-Q Auto 200mm F4 Nikon D700
絞りF4 A-auto ISO200 AWB

作例2

Nikkor-Q Auto 200mm F4 Nikon D700
絞りF8 A-auto ISO200 AWB

最後にこのレンズの描写をみていこう。今回実写に使ったのは、改良型でマルチコートを施されたものである。作例の実写はデジタルカメラD700にとりつけて行った。

作例1は、絞り開放で撮影した遠望の風景である。このように開放から端正で均質な描写力をもっている。ピクセル等倍でくわしく見ると、空との境界に青~紫色のフレアが認められるが、強度が弱いため明暗比の高い部分以外では目立つことはない。これは軸上色収差や倍率色収差ではなく、色のコマフレアであるため、絞り込むことによって格段に改善されるだろう。

作例2は極力パンフォーカスにするため、F8に絞って撮影したビル写真である。F8に絞ることで上に述べた青色フレアも減少し、ほとんどなくなっている。そしてこのレンズの特筆すべきは歪曲収差の少なさである。テレフォトタイプのレンズは糸巻き型歪曲収差の補正が困難だが、このレンズは全く目立たないレベルまで補正されている。建物の写真や、鉄道写真を撮る上で大きな武器となることだろう。

作例3

Nikkor-Q Auto 200mm F4 Nikon D700
絞りF4 A-auto ISO200 AWB

作例4

Nikkor-Q Auto 200mm F4 Nikon D700
絞りF4 A-auto ISO200 AWB

作例3と4は絞り開放での花の写真である。作例3は引いたアングルでの花の写真、作例4は寄ったハスの花である。主要被写体の花もすっきり描写され、しかも、いずれの撮影距離での後ボケもすなおで美しい。改良設計で球面収差を改善したおかげだろう。被写体が違うので直接比較はできないが、第四十六夜のサザンカの写真と比較していただけると、描写やボケの違いがわかっていただけるかと思う。

高い性能と軽快な操作性をもつこのレンズは、企画の意図どおり、たちまちベストセラーレンズとなって、報道、スポーツ、風景、鉄道、天文など、さまざまな分野で活躍した。そして、1976年に光学系を一新してさらにコンパクトになった<new>Nikkor 200mm F4が発売されるまで、15年の長きにわたりに販売され、多くのユーザーに愛用され続けた。昔からの多くのニコンファンにとっては、このレンズで撮影した傑作写真とともに、思い出深いレンズではないだろうか?

またニコンFとのコンビで、いままで難しかった望遠撮影が容易にできるようになったことは、カメラマンの撮影スタイルを変え、一眼レフ普及の原動力となったに違いない。その後ニコンはこのレンズの成功を機に、300mm、400mm、600mmと次々に望遠レンズ群を開発してゆく。東京オリンピックを契機とする望遠レンズの時代が、このレンズによってはじまったのである。

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