ニコンF用 PC-ニッコール取扱説明書
一眼レフレックス小型カメラは速写性、軽便さ、経済性など多くの特長を有するものですが、常時その撮影レンズを通してファインダーを見ることができるという最大の特長を生かして、大型ビューカメラのようにあおり撮影ができるようになったら、たいへん便利なものになるのではなかろうかということは、以前より予想されていたことでした。しかし、スペースが少ないことや、光学系にもいろいろ難しい問題があるために、あおりのきく小型一眼レフレックスカメラというものはまだありませんでした。このたび日本光学では、ニコンF用として、普通の交換レンズと同様な手軽さで使用できて、簡単にあおり撮影ができる世界最初のPC-ニッコールを発表いたしました。(特許出願中)
当社では過去数年間にわたり、写真1のようにいろいろのものを試作研究いたしました。そのねらいとしたところは、従来のビューカメラの小型化ということではなしに、一歩進めて独特の特長をもたせたい、またニコンFの有する特長を最大限に活用するということでした。
写真1のAは、ビューカメラなみにシフトおよびスイングやティルトがおこなわれるような方式のものでした。これはメカニズム的にはたいへん面白いものであおりの種類からは大型ビューカメラに近いものであります。すなわち、レンズ光軸を画面に対して長手方向に平行移動できるばかりでなく、レンズの主点を中心としてあらゆる方向にレンズを回動させるようにしたものです。(特許出願中)
つぎに試作されたものが写真Bです。これは、Aの試作品をいろいろの角度から検討の結果設計されたもので、機構的には今回発表されたPC-ニッコールとほとんど同じものですが、レンズ系やあおり量および内部機構に若干不満足なところがありました。
写真CはPC-ニッコールです。これは大型ビューカメラのあおりとは根本的にその方式を異にしています。いわゆる極座標のような考えかたで、どの方向にも、簡単な操作で充分あおり効果を得ようとするものであります。PC-ニッコールのPCは、PERSPECTIVE・CORRECTIONの頭文字PおよびCをとったものです。
なぜあおりをきかせるのか、もっとも基本的な目的としてつぎのニつが考えられます。すなわち一つは構図の修正であり、今一つは、カメラから異なった距離にあるニ点を含む仮定平面にピントを合わせられるようにすることです。後者については小型カメラ用の短い焦点距離のレンズでは、ビューカメラ用の焦点距離の長いレンズに比べると、同じFナンバーでの被写界深度はいちじるしく深いので、特殊な用途以外はそれほど必要ではありません。前者の構図の修正は、小型カメラではとくに必要なものです。
これは焦点距離がことに短い場合には、斜撮影をすると遠近感が誇張されすぎて、人物の俯かん撮影では頭のほうが大きくなってしまい、建物を仰いで撮せば上つぼまりの不安定な形に撮れてしまうからです。これまでは止むを得ないものとしてあきらめてそのまま引伸すか、あるいは引伸しの際にイーゼルをいちいち傾けて、変形描写されたものを修正するわけですがこの修正はなかなか面倒なもので、修正をするにも限度があるために実際にはあまりおこなわれていません。またカラースライドでは、映写するときに黒白印画のような修正をすることはできませんから、どうしてもフィルム自体が変形描写されていないことが必要になります。これらの理由からPCニッコールには構図の修正のためのあおりがついているわけです。
PC-ニッコールの焦点距離は室内撮影や高層建築の撮影なども考慮して35ミリにとりました。普通の焦点距離35ミリレンズは、35ミリ判の対角線画角が62度ですが、このレンズでは設計上の画角がもっと大きく76度にとってあります。そのために包括する画角は35ミリ判よりずっと広いわけで言いかえれば、PC-ニッコールではレンズをあおるということは、第1図のように広い画面の中で35ミリ判の大きさの画面をあちこちに移動させて、好きな構図を選んでいることになります。したがってフィルム面を被写体と平行に保てば、被写体の変形描写を防ぐことができるわけです。
PC-ニッコールでは水準器が不必要です。ニコンFではファインダーの焦点板を容易に交換できる構造になっているので、これを利用して碁盤縞の入った焦点板を装着して、この縦横の線に被写体の縦横の線を平行させて用いれば、水準器を使用しないでもファインダーを覗いたままで被写体とカメラとの平行を保つことができるからです。
このために、いちいち三脚にとりつけないでも楽にカメラの位置ぎめができるので、たとえば工事中のビルの足場のような狭いところでも、または自動車の窓からでも、容易にあおり撮影ができます。
一般のビューカメラのピントグラスでは上下左右とも倒像になって見にくいものですが、ニコンFではペンタプリズム入りのアイレベルファインダーで拡大した正立像が常時見られます。また、カメラを地面に近い場所に構えて撮影するような場合などには、アイレベルファインダーをウエストレベルファインダーと交換して用いることができます。
ビューカメラのあおりの操作は「ライズ、フォール、シフト、スイングまたはティルト」など、単独に各操作部分が分けられていて、使いかたではもちろん驚くほどの効果を示すものですが、反面その操作にはかなりの熟を必要とします。PC-ニッコールでは初心者にも簡単に操作できることをねらい、操作は、レンズをその光軸と直角にV溝に沿って移動させるようただ一つのノブを回転させることによっておこないます。その移動する方向は360度どの方向にも自由に選べます。そのため斜方向に移動する場合にも一つのノブの回転のみでよいわけです。
あおりを使わない場合には、普通のレンズと同じように使えてかさばらないことも特長の一つです。写真2はPC-ニッコールをあおったときのレンズの上面および後面の状態を示し写真3はあおらないときの状態を示しています。
PC-ニッコールの光学系は、第6図のように6群6枚構成の焦点距離35ミリ、最大口径比f3.5で、適正あおり範囲内では充分な解像力を有し、実用上光量の不足も生じないように特に考慮して設計されたものであります。適正アオリ量の最大値は画面の方向によって異なり、第2図のようになります。鏡胴の構造は第3図に示してありますが、ニコンへの取付マウント部分、あおり方向をきめるための回転部分、あおり調節部分、ピント合わせ機構、絞り操作部分およびレンズ室とからなります。
あおりの方向は画面にたいしてどの方向にもとれるわけですが使用するのに便利なように30度ごとのクリックストップをつけてあります。あおり量の調節は回転ノブでおこない、その量は鏡胴上面の1ミリ間隔の目盛で示されます。絞りはF32の小絞りまでの8段間の等間隔プリセット絞りです。
フォーカシングは一般のニッコールオート同様の直進ダブルヘリコイドで、至近距離は0.3メートルまで、絞り目盛と被写界深度目盛とは色別で対応して記されています。被写界深度は第1表のとおりです。ファインダー焦点板は特にPC-ニッコール用につくられたフレネルレンズ入りの碁盤縞焦点板と呼ばれるものが別に用意されています。
撮影距離(m) | 被写界深度(m) | 縮小率 | |||
---|---|---|---|---|---|
f/3.5 | f/8 | f/16 | f/32 | ||
∞ | 11.1~∞ | 4.8~∞ | 2.4~∞ | 1.2~∞ | ∞ |
5 | 3.5~8.9 | 2.5~∞ | 1.7~∞ | 1.0~∞ | 136 |
2 | 1.7~2.4 | 1.5~3.2 | 1.1~7.0 | 0.8~∞ | 53 |
1 | 0.9~1.1 | 0.8~1.2 | 0.7~1.6 | 0.6~3.7 | 25 |
0.5 | 0.48~0.52 | 0.46~0.54 | 0.43~0.59 | 0.39~0.72 | 11.2 |
0.3 | 0.296~0.344 | 0.291~0.31 | 0.282~0.321 | 0.267~0.346 | 5.5 |
上は35ミリレンズで普通に撮影したもの
下はPC-ニッコールで撮影したもの
PC-ニッコールを用いると、カメラを向けかえないで被写体の撮影範囲を変えることができるわけです。たとえば高い建物を地上から斜撮影すると、作例1のように上つぼまりになります。同じ位置でPC-ニッコールを上にあおって撮影すると作例1下のように縦の線が全部垂直になって歪みなく撮せます。
PC-ニッコールではこのようにして変形描写を防ぐことができますが、そのほかにこれを利用して広い範囲の継ぎ合わせ写真が作れます。従来おこなわれている継ぎ合わせ写真ではカメラの向きを変えて撮すために、継ぎ目をうまく重ねることがむづかしく、ことに近距離に被写体があるときには困難です。
PC-ニッコールではカメラを三脚などでしっかり位置を固定しておいて、レンズを上下または左右の希望する方向にあおってまず一枚撮影し、さらに反対側にレンズを回して一枚撮影すると、これらのニ枚の写真はある位置でうまくつながって広い範囲の継ぎ合わせ写真を得ることができます。
第4図からおわかりのように、殊に上下方向(カメラに正対して)にあおったときがもっとも重なりも少なく被写体範囲が広くなるわけです。あおり量を最大限にとった場合には上下方向のとき合成の垂直画角約65度、左右方向のときの合成水平画角78度になって、それぞれ第2表に示された各交換レンズの画角表から見ても、かなり大きな角度になります。作例2及び3の写真はこれらの例です。
焦点距離 | 水平画角 | 垂直画角 |
---|---|---|
21ミリ | 81° | 60° |
28ミリ | 64° | 45° |
35ミリ | 53° | 37° |
PC継ぎ合わせ(上下) | 53° | 65° |
PC継ぎ合わせ(左右) | 78° | 37° |
ニコンFへの装着は、一般の交換レンズと同様で、カメラ前面の指標にレンズのマウント着脱指標を一致させて差し込み左に約58度回転させます。まず露出をきめて、その絞りまでレンズのプリセット環を回しておきます。プリセット環はカメラの方向へ押しつけて回します。絞り操作環は開放(F3.5)の側へ回転してファインダーが明るく見やすいようにしておきます。被写体によってカメラの縦横どちらか向きをきめてからファインダー内の碁盤縞をめやすにしてあおりたいと思う方向へレンズを回しておきあおり調節ノブを回転して構図を修正します。つぎにピント調節環を回して被写体にピントを合わせ、絞り操作環を回してプリセットした絞りまで絞ってカメラのシャッタボタンを押します。適正あおり量の最大値は第2図のとおりですが、一応各方向共11ミリ動かせますので、あおる方向の端部に重要な被写体がない場合たとえば空とか地面とか壁面などのときは、適正あおり範囲を超えて使用しても問題ありません。
継ぎ合わせ写真をつくる場合には、必ず三脚などでカメラをしっかりと固定して、フィルムの巻き上げなどの操作中にカメラの向きが動いたりしないように注意する必要があります。レンズをカメラの下にあおったときに、絞りを絞っていくにつれてファインダー視野内の上部が暗くなって欠けてきますが、これはフィルム面上では全然影響がありませんから、構図をきめる際は開放にして、撮影時に絞ってください。絞りはなるべく小絞りにして撮影したほうが、解像力や光量の均一性および内面反射の防止や被写界深度を増すことにも役立ちます。被写体が、ガラスやプラスチックスまたはタイルなどで、有害な反射光がある場合には、偏光フィルターをレンズの前枠にとりつけて用いると効果があります。アタッチメントサイズは52ミリで、他のニッコールオートと同じです。
あおりといえば、まず建築写真や商業写真が考えられますが、一般撮影にもかなり利用価値の多いものです。建築写真としては建築設計者の資料や記録の写真に用いるほか、施行業者の見積もりや打合わせ用または進行状態の写真などに、また不動産業者会社管財担当者には物件の説明用や補修前後の記録用などと、とにかく手軽に撮したいものに最適だと思われます。
ことに最近は新建材などが多く出まわり、色彩も豊富になってきたために、カラー写真でスライドを用いることが多くなっているので、PC-ニッコールならではの写真が期待されます。建築写真家にはサブカメラとして欠かせない存在になるでしょうし、一般のかたにも楽しいわが家の建築中の写真など記念に写しておきたいものの一つです。
ニッコール | 135mm | F:3.5 | 21,500円 |
---|---|---|---|
ニッコール | 180mm | F:2.5 | 85,000円 |
ニッコール | 250mm | F:4 | 56,000円 |
ニッコール | 350mm | F:4.5 | 110,000円 |
ニッコール | 500mm | F:5 | 120,000円 |
レフレックスニッコール | 1000mm | F:6.3 | 230,000円 |
ニコンFの場合はN-Fリングを使用し、S型の場合はレフボックスを使用します。
ニッコール | 21mm | F:4 | 32,000円 |
---|---|---|---|
ニッコールオート | 28mm | F:3.5 | 24,000円 |
ニッコールオート | 35mm | F:2.8 | 22,500円 |
ニッコールオート | 50mm | F:2 | 14,500円 |
ニッコールオート | 50mm | F:1.4 | 24,000円 |
マイクロニッコール | 55mm | F:3.5 | 23,500円 |
ニッコール(プリセット絞り) | 105mm | F:4 | 13,000円 |
ニッコールオート | 105mm | F:2.5 | 28,000円 |
ニッコールオート | 135mm | F:3.5 | 26,000円 |
ニッコールオート | 200mm | F:4 | 33,500円 |
レフレックスニッコール | 500mm | F:5 | 79,000円 |
オートニッコールテレフォトズーム | 85mm | F:4~250mm | F:4.5 | 99,000円 |
オートニッコールテレフォトズーム | 200mm | F:9.5~600mm | F:10.5 | 120,000円 |
ニッコール(ベーロ用) | 135mm | F:4 | 29,000円 |
ニコンF用の豊富なアクセサリーは、一般撮影から特殊撮影に至る広範囲の被写体及び学術的なものから、生産技術の分野まで活用されています。
モータードライブ用ガゼットケース(FB4型) | 12,000円 |
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ガゼットケース(FB3型) | 12,000円 |
フォームラバーケース | 9,500円 |
角型ケース(FBI型) | 3,500円 |
ニコンモータードライブ(36枚撮り) | 50,000円 |
同上(長尺用250枚撮り) | 65,000円 |
同上用リレーボックス(36、250枚撮り用) | 5,700円 |
同上用中間スイッチ(同上) | 2,500円 |
同上長尺用マガジン | 2,000円 |
同上長尺用フィルム巻取り器 | 9,730円 |
フィルター(黄・橙・赤・緑・UV) | 各920円 |
偏光フィルター(ケース付き) | 3,750円 |
ニコンフラッシュユニット(BC3型) | 5,800円 |
同上(BC5型) | 3,500円 |
同上(BC6型) | 1,500円 |
同上用ガンカプラー | 500円 |
べローズアタッチメント | 11,000円 |
ニコン複写装置PF型(一式) | 33,580円 |
スライド複写装置 | 2,700円 |
フォーカシングアダプター | 3,600円 |
天体アダプター(一式) | 7,400円 |
モータードライブ用10mコード | 1,750円 |
同上1メートルコード | 700円 |
マット式焦点板 | 1,500円 |
全面マット式焦点板 | 1,500円 |
十字線入り、格子入り焦点板 | 各1,800円 |
ウエストレベルファインダー | 2,800円 |
アイレベルファインダー | 6,000円 |
接写リング(5種一式) | 3,000円 |
M-Bリング(55mm F:3.5用) | 800円 |
顕微鏡アダプター(一式) | 6,500円 |
オッシログラフ用ユニットT-120 | 21,500円 |
同上T-133 | 22,500円 |
ニコンメーター(電気露出計) | 4,800円 |
万能投影器写真装置 | 15,000円 |
パノラマヘッド(ヘッドとレベル) | 3,590円 |
接眼用補助レンズ(-2.0他4種) | 350円 |
接眼補助レンズ(No.1・No.2) | 1,200円 |
フード(21mm~35mmレンズ用) | 700円 |
同上(50mm・58mmレンズ用) | 800円 |
同上(105mm・135mmレンズ用) | 900円 |
商業写真としても、最近は商品をただ克明に撮しただけの写真を用いた広告やカタログではなくて、動きをともなった写真が要求されてきています。この動きをともなった、つまりシャッタチャンスを要する写真の撮影には、常時ファインダーを覗けるPC-ニッコールは有利だと思います。
そのほか一般撮影用としての用途は広く、たとえば人物の俯かん撮影で頭でっかちに撮れることも防げますし、和室内で座って生花をしている人物の写真などは、カメラの位置を下げて撮すと、バックの柱や障子は垂直になりますが、枝や花で顔が一部かげになったりするものです。PC-ニッコールを用いればカメラを高い位置に置いたまま下にあおって撮せるのでこれが防げます。
また電車のホームにある時刻表などのような高い所に掲げた表などを斜撮影すると台形になり、その上にピントも全面には合わせられないものですが、こんなときにもあおって撮せば形も歪まず長方形になりピントも全面に合わせられます。出張報告などで機械や品物の写真を添えるときでもあおり撮影で正しい形を表現できます。
また継ぎ合わせ写真も1枚の写真では表現しきれない広い被写体を撮影するときたいへん便利で、建物ばかりでなく、楽しい旅行の風景とか、広い宴会場の記念写真など各種の用途が考えられます。
名称 | PC-NIKKOR 1:3.5 f=35mm |
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用途 | ニコン用Fあおり付きレンズ |
焦点距離 | 35mm |
最大口径比 | 1:3.5 |
有効画面サイズ | 24×36mm |
レンズ構成 | 6群6枚 |
焦準距離 | ∞~0.3m(∞~1ft) |
絞り番号 | 3.5 4 5.6 8 11 16 22 32 |
絞り方式 | プリセット絞り、等間隔目盛 |
マウント | ニコンFバヨネットマウント |
あおり方向 | 360度任意方向(30度ごとクリックストップ) |
最大あおり量 | 11mm |
あおり方式 | ノブ回転式 |
大きさ | 70φ×52mm |
重量 | 290g |
アタッチメントサイズ | 52mm(P=0.75mm) |
特許 | 出願中(1962年現在) |